2026/02/02
【concept building #011】
「作品の中の動線」
物体としての「作品」は「入り口」である
これは物理的に「内部に侵入するため」の入り口ではなく、精神的な冒険に旅立つための「目に見えない入り口」(invisible entrance)である
鑑賞者を「精神的な冒険 : mind adventure」へと導く入り口
その中で鑑賞者の精神は「何らかのルート」を通りながら変容していく
この「ルート」も、あまりにもキッチリと指定し、導きすぎると面白さは半減する
「何となく踏み跡がある」「おそらくこっちで良さそうだ」のような薄っすらとしたヒントは残しつつ、鑑賞者が自らの「決定権」を持ちつつ、作品の中を漂い、さまざまな景色を見てほしい
「鑑賞者が見るもの、感じるもの」
同じようなルートを冒険しても、人によって「目につくもの」は変わってくる
「目につくもの」があからさまだと面白くない
できれば色々と見るべきものを用意しておきたいが、最も面白い瞬間は、作家自体も気づいていなかった景色に鑑賞者が気づき、それを作家に伝える瞬間だ
「何を任せ、何を意図的に操作するか」
ある意味、作家は「入り口」と「風景」、そして「薄っすらとしたルートらしきもの」を用意しておけばいい
あとはどのように冒険をするかは「鑑賞者に任せる」
同時に「あるゴール」だけは明確に埋め込んでおく
しかし、必ず鑑賞者がその「想定されたゴール」に辿り着く必要はない
「作品の中で拾うものと捨てるもの」
どの色を使うのか、どの色を組み合わせるのか、については「人間の意図が働かない自然に任せる」
「その自然が作り出した配色」を「ある決まったレシピ」で意図的に操作する部分は作家が行う
全てを意図的にコントロールしてしまうと「テーマパークのアトラクション」のようになってしまう
できれば、見る人によって、見るタイミングによって、アトラクションの内容が変化するような仕組みを埋め込みたい
「見るタイミング、回数によって変わる何か」
「マトリックス」という映画を最初に見た時は、面白いCGの効果やワイヤーによるアクションに驚いた
しかし、2度目3度目と見ていくうちに「操作された情報の中で作り出された現実を真実だと思い生きている現代人」を映し出しているということに気づく
そして、スーザンソンタグを読んだ後に見ると「プラトンの洞窟」で真の実態の影を現実だと思い込んでいる囚人と現代人の繋がりをモチーフにしているということにも気づく
「アクション」「CGの効果」「かっこいいキアヌリーブス」というのは単なる「入り口」に過ぎない
その「入り口」から入った世界には何重にもトリックが仕掛けられている
冒険のルートの一巡目に気がつかなかったことに二巡目で気づく
こういった込み入ったシステムがあるからこそ、何回見ても面白い