2026/01/08

【concept building #002】

「メディウム」としての「サイズ」
トーマスルフの友人や知り合いを証明写真のフォーマットで写した作品
通常のサイズの時は鑑賞者は「被写体」に注目した
いわゆる「通常の証明写真」としての機能にのみ着目した
しかし、それが巨大な「サイズ」に拡大された時、鑑賞者はそれらを「写真作品」として認識し始めた
作家の中にある「目に見えない思考、意図」などを伝える媒体が「メディウム」であると考えれば、「大きさ」もまた一種の「メディウム」と考えられるだろう

「伝える」ということ
「伝える」という作業には、単なる伝達に加え「どのように伝えるか」「何を伝えるか」という部分も含まれていると思う

「どのように伝えるか」という部分には「意図を効率よく伝えるための視覚効果の操作」という機能も求められる

そう考えると「伝達手段としてのメディウム」とは、単なる物体的な「二次元の紙、板」、「三次元の彫刻を含めた立体作品」という視覚で認知できるもの以外にも、先ほど述べた「サイズ」という概念も含まれてくるだろう

「メディウム」としての「加工」
「サイズ」と同様に、鑑賞者に意図を効率よく伝えるための視覚操作の一つである「写真の加工」もまた「メディウム」と考えられないだろうか

ある意図を持った「サイズ」の選択、特定の視覚効果や伝達効率を狙った「加工」なども、「平面媒体」を選択する、「立体媒体」を選択するという「メディウム選択」の一つと考えられるのではないか

それぞれの「メディウム」に付きまとう従来的な固定概念を捨て、あくまで「作家の目に見えない意図 “intangible thorught”」をどのように伝えてゆくのか、鑑賞者の視覚にどういった影響を与えたいのか、という部分に重点を置くことで、それぞれの「メディウム」の使い方、組み合わせを考えていく方法に対する「従来的な制限」は消えてゆくだろう

「メディウムありき」ではなく、それは単なる「手段」でしかない